
これ、なかなか難しいテーマです。
特別支援教育では「支援」という言葉が使われます。
英語だとSpecial (Needs) Education
なので、”特殊教育”または”特別ニーズ教育”
なので、支援ではありません。
英語だと”Assistive” ですかね。
しかし、この支援という考えはどうしても、助ける人、助けられる人という二項関係でものを観てしまうことがあるのではないでしょうか。
さて、”こんな夜更けにバナナかよ”を書いた渡辺一史さんが二年半ほど間にWEBメディアにこんな事を書いています。
僕が「こんな夜更けにバナナかよ」を書いたワケ
映画は先日民放で放映されたので、ビデオで録画しておきました。
Youtubeには公式サイトで、まだ予告編が残っていました。

大学生に聞いたところ観たという人はいませんでした。
あまり関しないのかな。
上記のWEBメディアで渡辺さんがなぜ人と人は支え合うのかという著書を紹介しています。
気になったので、Kindleで購入して読みました。

この中でSNSで流れてくる以下の言葉について考察しています。
- 障害者って、生きてる価値はあるんでしょうか?
- なんで税金を重くしてまで、障害者や老人を助けなければならないのですか?
- どうして強い人間が、弱い人間を生かすために働かなきゃならないんですか?
- 自然界は弱肉強食なのに、なぜ人間社会では、弱者を救おうとするのですか? すぐれた遺伝子が生き残るのが、自然の摂理ではないですか?
これを考えるきっかけはもちろん、2016年に相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件です。
ネットで調べたらNHKはこんなWEBサイトを作っていたのですね。
また、最近こんな記事も見ました。
このことについては、正解はこれだとかいえることは無いと思っています。常に私たちは,深く考えないといけない。
ただし、渡辺さんが上記の本のあとがきでこう書いています。
「あの障害者に出会わなければ、今の私はなかった」──そう思えるような体験をこれからも発信し続けていくことが、植松被告の問いに対する一番の返答になるはずですし、植松被告に同調する人たちへの何よりの反論になるはずです。
渡辺一史. なぜ人と人は支え合うのか ──「障害」から考える (Japanese Edition) (Kindle の位置No.2845-2847). Kindle 版.
私も仕事がらたくさんの障害のある人に会ってきました。いまの自分があるのは、そうした方々のおかげだと強く思います。特に、一番教えてもらったと感じるのは、若くして無くなった島さんです。
ですので、これからの仕事については、どれだけ彼女に対して正直にできるのかと思っています。
さて、最後になりますが、これを紹介します。



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