先日、大学でゲスト講師をお迎えして講義をしてもらいました。
お話をいただいたのは知的障害と肢体不自由と自閉症のある当事者の方。
大学からは「名刺はありますか」とか「Webサイトはありますか」なんて聞かれましたが、ありませんとおこたしました。
ゲスト講師というのは著名な人だという既成概念があるのでしょうね。
講義の名前が知的障害者等の心理生理病理ですので、それの専門家とか特別支援学校の先生とかなのでしょうね。
でも、学生にはそういった人よりも実際に知的障害のある人のお話を聞いてもらう事の方がいいはず。
そこで、いつもお世話になっているKamapさんにご依頼してまーくんに来てもらいました。
授業の様子はこちらのブログに紹介してもらいました。




学生たちにはとても良い経験でした。
というのも、コロナ禍の影響で介護等体験がことごとく無くなり、代替で教材を使っての学習など本当は、実際に障害のある人にお会いすることで学ぶはずの経験が無いからです。
この講義をやりながら考えたことは、
デキル
の価値観。
私たちは、勉強をして、まなびより賢くなろうとします。
それはそれで大切なことで、学生にもたくさん学んで欲しい。
多くの知識を得ることで可能性は広がるから。
でも、障害のある人はそれがうまくいかないことが多い。
まして、知的障害のある人はデキルという評価だといろいろ難しくなる。
でも、私たちにはどうしても代替できないものがある。
それは、
デキナイ
ことが評価されること。
すごく矛盾した書き方ですが、いったんできるようになったらそれを出来ないようにするのは、加齢・病気や事故でも無い限り難しい。
その1つとして文字を読めるという事があります。
この動画を見てください。
登場人物はオーストラリアに住むダウン症の女性。
この方の仕事はシュレッダー
称号としてMaster Shredderとあります。
シュレッダーをかける仕事をしている。
誰もができそうな仕事なのですが、そう簡単ではない。
なぜなら、機密文書も彼女がシュレッダーをかけるから。
もしも文字に興味があり、読めてしまうと情報漏洩の危険がある。
しかし、文字に興味がない彼女ならその心配はない。
しかし、シュレッダーをかける技術は持っている。
そうして彼女は一般の社員と同じ給料をもらっているそうです。
文字を読めるという力を持つことはできても、読めないようにすることは難しい。
この一見矛盾したことが彼女の就労を可能にしている。
私たちはどうしても一方向、上の方向へ向かうことを求めている。
しかし本当にそうなのだろうか。
今回のゲスト講師のまーくんも他の人では代替できない。
どんなに偉い大学の先生でも代わりにはなれない。
私も含めて大学生にとってはとても良い時間だったと思っています。


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