(いらすとやより)
今回はこちらの記事の転載です。

あれから5年です。
この情報もちょっと古いし世の中だいぶ良くなっていると信じてはいますが・・・
読み書き障害のあるお子さんの保護者から、タブレットPCを学校に導入しようとしても、なかなか学校の中で受け入れられなかった。
と言うお話しをいただきました。
教員からは

黒板の写真を撮る時には気をつけろとか、SNSに投稿されたり、ウイルスに感染してネットに流出したら困るとか…
という、指摘があり

では、過去にそのようなトラブルがあったのですか?
と質問すると

ないけど、今後あるかもしれない…
と言われ

そういうことなら、そのようなトラブルが起きないようにする対策を考えましょう
と言っても

でも、それも絶対ではないでしょう?
と言われたそうです。
だからといって、先生が読んでほしいときに読んで、書いてほしいときに書いてあげてくれれば問題解決するのでしょうけど、

それはムリ!
とおっしゃるとのこと。
なので

それじゃあ学ぶ権利はどうなるんだ
と思われたそうです。
で、お子さんからは

みんなは勉強するも、しないも自分で決めることができるけど、僕にはそんな選択肢はない。僕は(読み書きに困難があって)勉強をできないんだから…なのに勉強を(自分で)しない人と同じ扱いを受ける。僕も勉強できるようにして欲しい…そしたらみんなと同じように勉強するもしないも僕が決めるから(括弧内は私が付け足しました)
と言ったそうです。
本人にこんな事を言わせてしまうなんてどうなんでしょうね。
教員自身が自分の指導を振り返って、子どもたちの学習保証を考えていただきたい。
そう思います。
さて、それを受けて、お母様が

当たり前に学んできた人には、学びたいと思いながらその機会に恵まれないことの辛さとか、理不尽さというのが理解できないないのかな…
あるかどうかも分からない未来のトラブルのために、学ぶ権利が侵害されていいわけないし、他の人と違う方法だからと言って正当に評価される権利を侵害されていいわけないってことを、まずはご理解いただきたいなと思う。
と思われたそうです。
この
あるかどうかも分からない未来のトラブルのために学ぶ権利が侵害されていいわけない
というのは、とっても重い言葉です。
差別解消法が施行されたとはいえ、合理的配慮をどのように、するかどうかは、個々のケースで違ってくる事でしょう。まだまだ、理解をしてもらうには時間がかかります。でも、こういった事例を多くの人に知っていただき、いろいろと考えてもらい、良い解決の方向に進んで欲しいです。


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