相手のことをおもんぱかって配慮するのが日本の美徳だと言います。
また、場合によっては直接的な表現をせずに伝える事や、本論に入るまでに長々と前置きをする事があります。
そういった配慮が、時には人を混乱させる事になります。
こんな記事を見つけました。

学校文書を「やさしい日本語」で書いたら、児童も読めて伝達ミスが激減!「オススメです」
小学校からの連絡事項というのは、基本的に印刷物にして配布されることが多い。ペーパーレス化が進む令和の時代でも、連絡帳への書き込みや保護者宛のお便りが、行事や宿題
引用元はこちら
校長時代、外国から来た保護者が多いのもあって学校文書を「やさしい日本語」にしました。結果、忙しい日本人の保護者に喜ばれたのと、保護者がプリントを見てくれない児童(これは切ない話ですが実際ありました)が自分で読めるので土曜授業の欠席や忘れ物が減りました。オススメです! https://t.co/22q5x7oTVw pic.twitter.com/a6YlDlD4zr
— 山口照美/大阪市港区長 (@TerumiYamaguch1) April 10, 2022
たしかに、こう直すと分かりやすいですね。
日本語の暗喩表現や敬語、時候の挨拶など、もちろん必要な場面もあるし、文化として学ぶことも大切だけど、時として人を混乱させる原因になります。
最近話題の
忖度
なんてのもとってもややこしい。
人は自分が思っているよりも相手に自分の感情は伝わっていないと言われています。

透明性錯覚(心の中を読まれているという誤解) | 受賞作品 展示室 感情 自分 | 心理学ミュージアム - 日本心理学会
透明性錯覚(心の中を読まれているという誤解)について 「心理学ミュージアム」は、心理学に関わる職種の方だけでなく、心理学に興味のある方、心理学関係の進路を考えている中学生、高校生にも興味を持っていただけるものを目指しています。アカデミックな...
そうであれば、婉曲な表現ではなく、直接的な表現を使う事が大切なのかもしれません。


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