主体的に学んでいないのに主体的に学ぼうはおかしい

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夏休みももうすぐですね。

本当の意味での楽しい夏休みになるのは,まだ数年後かもしれませんが、子どもたちが本当の意味で学べるのは夏休みなのかもしれません。

さて、こんな記事を教えてもらいました。

「一律一斉授業」を見直した公立小教員が思う「自ら考え学ぶ力」の育み方 | 東洋経済education×ICT
学習指導要領が変わり、「主体的・対話的で深い学び」の実現が求められているが、手探りが続く現場は多いようだ。そんな中、神奈川県逗子市立久木小学校教諭の大窪昌哉氏は、ある時を境に5年生の学級において、全教科で従来の一律一斉型の授業を見直した。そ...

企業から転身して学校の先生になられた方の実践紹介。

この中で気になったキーワードがこちら

主体的に学んでないのに「主体的に学ぼう」はおかしな話

子どもたちに主体的に学べと言っている教員が、そんな姿勢でないとすればどうでしょうか。

何かおかしな話ですよね。

そんな記事を見た後にこんなツイートが

こんな事を堂々と言えるってことは

私は勉強する気がありませんって堂々と言っているようなもの。

それでいいのだろうか。

新しいことを学ぶのが苦痛だと感じるか

新しいことを学ぶのが楽しいと思うかで大きく違う。

それは、学びであると同時に今の社会を疑問に思わずに、ただただ受け入れている日本人を作っていることと同じような気がする。

 

これとは別にこんな記事を見ました。

《特別支援学級って最先端》「“偏見”が教員の中にも根強くある」狛江のあおば学級はなぜ“面倒くさい”を乗り越えられたのか | 文春オンライン
《特別支援学級って実は最先端の教育をしている》こんな発言が先日、SNSで話題になった。「特別支援学級」とは、知的障害や肢体不自由、病弱、弱視、難聴言語、自閉症・情緒障害等のある児童を対象とした少人数の…

ここでは、特別支援教育は今の時代の先端を行っているという話。

私もそう思います。

しかし、この学校でも偏見はあるよう。

これも、新しいことはやりたくないという思いのように感じます。

 

もちろん、学校の先生の仕事が多いことは問題です。

保護者からのクレーム対応で疲弊している声も良く聞きます。

 

ですが、だからこそ、自分たちが学んでいかないと世の中も学校も良くならない気がします。

 

せっかくの夏休みなので、教員の皆さんも心のリフレッシュをしてほしいところです。

コメント

  1. 井出里美 より:

    丁度今日、帝京大学医学部附属病院の小児科の三牧教授が、1951年の児童憲章が主体的でないというお話をされ、子どもの権利条約は主体的であると話されていたのを聞いていました。主体的というワードを考える1日でした。

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