夏休みももうすぐですね。
本当の意味での楽しい夏休みになるのは,まだ数年後かもしれませんが、子どもたちが本当の意味で学べるのは夏休みなのかもしれません。
さて、こんな記事を教えてもらいました。

企業から転身して学校の先生になられた方の実践紹介。
この中で気になったキーワードがこちら
主体的に学んでないのに「主体的に学ぼう」はおかしな話
子どもたちに主体的に学べと言っている教員が、そんな姿勢でないとすればどうでしょうか。
何かおかしな話ですよね。
そんな記事を見た後にこんなツイートが
『先生がパワポで授業をしてると自分のクラスの生徒が羨ましがって困る』と年配教員に言われたため、『作成したパワポのデータはいつでも共有するので使ってください』と伝えたところ、『パワポなんて今まで使ってないから使わない』『とにかく足並みを揃えて』と言われましたが…全然納得できません。
— Childish Teacher (@TeacherChildish) July 3, 2022
こんな事を堂々と言えるってことは
私は勉強する気がありませんって堂々と言っているようなもの。
それでいいのだろうか。
新しいことを学ぶのが苦痛だと感じるか
新しいことを学ぶのが楽しいと思うかで大きく違う。
それは、学びであると同時に今の社会を疑問に思わずに、ただただ受け入れている日本人を作っていることと同じような気がする。
これとは別にこんな記事を見ました。

ここでは、特別支援教育は今の時代の先端を行っているという話。
私もそう思います。
しかし、この学校でも偏見はあるよう。
これも、新しいことはやりたくないという思いのように感じます。
もちろん、学校の先生の仕事が多いことは問題です。
保護者からのクレーム対応で疲弊している声も良く聞きます。
ですが、だからこそ、自分たちが学んでいかないと世の中も学校も良くならない気がします。
せっかくの夏休みなので、教員の皆さんも心のリフレッシュをしてほしいところです。


コメント
丁度今日、帝京大学医学部附属病院の小児科の三牧教授が、1951年の児童憲章が主体的でないというお話をされ、子どもの権利条約は主体的であると話されていたのを聞いていました。主体的というワードを考える1日でした。