同じという概念を人間が持つことの素晴らしさと危うさと

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ここのところ、養老先生の動画にはまっています

今回は、

 

同じ

 

という概念。

動物と人間の違いについて、人間は

同じ

という概念を作れるようになった。

それの一番のツールが言葉

言葉を使うことで相手が考えていることと、自分が考えていることが同じであると分かる。

しかし、実はまったく同じものは無いと養老先生はお話しになっています。

 

この動画を見ながら思いだしたのは、漢字のテストなどのチェック。

たまたま井上さんがnoteにも書いていましたが、日本人は文字のチェックがとても厳密な人が多い。

しかし、厳密に考えると同じ字を書ける人は誰もいないはず。

それを同じとしてしまう、事を人間が持っています。

この時の許容範囲が人によって大きく違う。

もちろん、同定するためにとめはねはらいがあることは便利ではあるけど、そこまで求めるのって事もあります。

私たちは、その

同じ

の許容範囲をお互いの了解のもとに調整することができる。

たぶんこれは、AIだと難しいと思います。

だって、閾値を超えると違うと判定し、越えなければ同じだとするはず。

それを、この人ならこのくらいとか、今日はこのくらいなんていい加減なことができるのが人間だと思うから。

学びにおいては

正解

が必要だと言うけど、正解もその時の道具のような気がします。

何でもかんでも正しくあれではない、正解をすることで子どもは生きやすくなるし楽しくなるのであれば、これを正解としようとしていい気もしますが、気をつけないといけないのは、平等ではないからそんな事をしてはいけない。となることだと思います。

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